柴田彼女

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柴田彼女

小説を書いています。 全て有料記事(110円)に設定していますが、一つ残らず全文無料で読めます。 課金していただけた場合、そのお金で作者が本を買えるようになったりします。 https://www.handshakee.com/shibatakanojo

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  • 命、在るものになりたくて(連載小説)

    小説「命、在るものになりたくて」(全22話)をまとめたマガジンです。

  • それもあなただ(小説まとめ)

    自作の小説をまとめたマガジンです。

  • それをあなたへ(過去の短編小説)

    別名義で書いていた掌編・短編小説をまとめたマガジン。全26作、長くても6000文字足らず、10分程度で読める作品ばかりです。

  • レーズンとオウムとミイラのワルツ(連載小説)

    小説「レーズンとオウムとミイラのワルツ」(全9話)をまとめたマガジンです。

最近の記事

(14)おいしそうだね

 十二時になっても当たり前のように自分の番はこなかった。私は受付の女性に一言断って、病院の外にあるベンチに向かう。いつも私はここで一人、弁当を食べる。ベンチは三つあるが、なぜか誰も使っているところを見たことがない。そもそもなぜベンチがあるのかもわからない。それでもこれがあるから私は病院のたびに外食をしなければならない羽目に陥ることを避けられているので、私にとっては感謝すべき存在だった。  ベンチに腰掛け、リュックサックとトートバッグを傍らに置き、両手を上げ、伸びをする。すし詰

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    • (13)すなおメンタルクリニック

       朝、着替え、カーテンを開け、顔を洗い、朝食を摂り、化粧をし、髪を整え、それから弁当を作る。  きょうはメンタルクリニックへ行く日だ。メンタルクリニックは街中にあって、いつも混雑しているから平気で予約時間を何時間も過ぎる。受付に言えば外出もできるけれど、外食するほどの気力があれば何時間も待たされるメンタルクリニックになんて通うわけがない。  きょうは、昨日焼いた食パンをサンドイッチにする。バターを塗って、その上からマヨネーズを薄く塗って、フリルレタス、ハム、マヨネーズとマスタ

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      • (12)記憶が支配する

         あしたは病院で、診察時間は十一時半から。どうせ二時間は遅れるから、お弁当を持っていかなければならない。あしたはサンドイッチにでもしようか。棚からホームベーカリーを出し、強力粉や塩、砂糖、バター、牛乳、ドライイーストなどを支度する。計りで適量を計測し、順番通りに入れる。捏ねるだけの操作をしてくれるボタンを押すと、ぎいん、ぎいん、ぎいん、とモーターが回り出す音が響いた。  しばらくして機械が止まる。蓋を開け、指先で生地を伸ばしてみて、薄く膜が張るのを確認する。再び蓋を閉めて、具

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        • (11)逃走

           午後一時過ぎ、PCを開く。スマートフォンに入れてあるSNSをこちらでも覗く。たまに何かを言われたり、訊かれたりするが、絶対に返信はしない。一喜一憂したくないからだ。いいねもお気に入りもブックマークもフォローも短いコメントも怖くて仕方ない。フォローされてもフォローを返すことはない。それでも非公開にしないのは、ほんのわずかに残った自己顕示欲だろう。 【着替え。朝食。洗濯。掃除。買い物。昼食。おしまい。】  午前中にやり終えたことを並べただけの、短い投稿にも、誰かが読んだ形跡は残

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        (14)おいしそうだね

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        • 命、在るものになりたくて(連載小説)
          14本
        • それもあなただ(小説まとめ)
          19本
        • それをあなたへ(過去の短編小説)
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        • レーズンとオウムとミイラのワルツ(連載小説)
          9本

        記事

          (10)薄暗い中の祈り

           リュックサックを定位置に片づけ、時計を見るともう十二時を過ぎていた。昼食は何にしよう、と、冷蔵庫を再び開く。ざっと中身を見て、ナポリタンならいけそうだな、と考える。必要な材料をざっとまな板近くに並べ、フライパンと鍋をシンク下収納から取り出す。鍋に水を張り、火にかける。  玉葱を薄めに、ピーマンは斜めに、細めに、にんにくは包丁の側面で潰してから荒く切って、最後にウインナーを五ミリ幅程度に斜め切りにする。フライパンにオリーブオイルを入れて、にんにくをちょうどその中に入れた。弱

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          (10)薄暗い中の祈り

          (9)帰宅

           家に着いたころにはもうくたくたで、玄関では突っかけていたサンダルを揃える元気もなかった。細い通路、壁に寄りかかって、イヤホンの音量を少しだけ下げる。心を整える。ちょうどいい音の大きさ、聴く曲も変える。美しい声、美しいギター、美しいベース、美しいドラム。包まれる。不安がない。かすれたボーカルの「おかえり」という歌詞。ただいま、と呟く。帰ってきた。きょうも無事帰ってこられた。  深く息を吐いて、それから吸い直す。  イヤホンを外して、リュックサックのポケットの中のケースにしまう

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          (9)帰宅

          (8)水の音

           肌によい成分でできた日焼け止めを分厚く塗って、薄手の白いカーディガンを着て、つばの広い麦藁の帽子を被って、リュックサックの中には複数のエコバッグを入れて、サンダルをつっかける。スマートフォンとBluetoothのイヤホンを連動させて、気に入りの、賑やかしい、けれど気に入りのバンドのアルバムをセットする。大きな音で誤魔化さなければ、一人で外も出歩けない。  ふ、と短く息を吐いて気合を入れる。鍵を開けて、ゆっくりと一歩外へ出る。日差しはすでに眩しい。慌てて日傘を取る。身体をドア

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          (8)水の音

          (7)丁寧な暮らし―4

           洗濯物を干す。ピンチに靴下やタオルを挟み、ハンガーにトップスを裾から通す。服が伸びたり傷んだりしないよう、最新の注意を払っている。一つ一つ、綺麗に皺を伸ばす。ベランダに干す。弱く風が吹いて、Tシャツが揺れる。  壊れた、と自覚した自分を直す術を、私は暮らしに求めている。仕事と恋愛のために乱暴に扱ってきた私生活を、とにかく丁寧に、丁重に扱うこと。いわゆる、丁寧な暮らし、とやらを行うこと。市販品で済みそうな食べ物を自分で作り、地球や社会に優しい商品を選び、自分を傷つけない程度

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          (7)丁寧な暮らし―4

          (6)丁寧な暮らし―3

           洗濯物は三日に一回、まとめて洗う。きょうはちょうどその日だったので、流れで洗濯機の前に立つ。  Tシャツやスカートは色が褪めないよう裏返しに、靴下はそのまま洗濯機の中へ、肌着やブラジャーは洗濯ネットへ、タオル類は使い終わるたびハンガーにかけ一度乾かしてあるので、三日に一回の洗濯でも嫌な臭いがしてくることはない。あとはハンカチや枕カバーを入れて、ちょうどいい具合の量になったのでスタートボタンを押す。ぎゅい、ぎゅい、と中身が揺れて、水が出てくる。同時、洗剤の量を教えてくれるので

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          (6)丁寧な暮らし―3

          (5)丁寧な暮らし―2

           朝、起きて肌掛けをよける。床に立ち上がり、肌掛けを丁寧に布団の上で伸ばす。無臭の除菌スプレーを取り出して、肌掛け全体にかける。それが終わったら枕、ベッドのマットレスにも同様にミストを振りかける。最後に肌掛けを半分に折りたたんで、ベッドの足元のほうに寄せて除菌スプレーを元の場所に戻す。  パジャマとキャミソール、ナイトブラを脱いで、日常づかい用のブラジャーを装着する。もう一度キャミソールを着て、前日に準備していたアッシュ色のフレアワンピースに着替える。胸元から下着が覗いていな

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          (5)丁寧な暮らし―2

          (4)丁寧な暮らし―1

           仕事は辞めた。実家に帰ろうかとも思ったけれど、定年まできちんと教師を務めあげた両親と毎日顔を合わせていたら気が狂ってしまうと思って、今まで貯めてきた貯金と、実家からの仕送りで一人暮らしを続けることにした。自分でも情けないと思う。情けないと思うけれど、そうすることでしか今の自分には死を避けることができなかった。  起きて、顔を洗って、着替えて、食事を作って、食べて、掃除をして、洗濯をして、風呂に入って、夜になったら布団に入って眠る。二週間に一回メンタルクリニックに通って、少

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          (4)丁寧な暮らし―1

          (3)砕けてしまう時

           恋人がいきなり、教師を辞めます、と言ったのは六月の半ばの話だった。校長は無責任だと怒り狂って、でも恋人は、 「父親が大病を患って、治療中で、家業を継がなければならなくなったので。すみません」  それだけを繰り返し、本当に辞めてしまった。後任の教師探しは本当に大変だったようで、校長、副校長共に、 「こういう身勝手な人間がいるから世の中は駄目になる、今の世代は腐っている」  と、本人に聞こえるように、本人が退職するその日まで言い続けた。  恋人は本当に田舎に帰ってしまって、私達

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          (3)砕けてしまう時

          (2)先生

           メンタルクリニック、待合室では静かにピアノ曲が流れている。長椅子に一人腰掛けながら、自分の順番を待つ。 『一時間ほど遅れています。外出の際はお声掛けください』  受付に掲げられた立て札はいつも嘘吐きで、毎度二時間は待つ。その間、私は本を読む。本を読めるようになるまで、何度このクリニックに通ったことだろう。最初は、文字を文字として認識することすらできなかった。目が滑る、というより、私には文字一つ一つが画か何かのように見えた。象形文字のような、壁画のような、不思議な何か。その頃

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          (2)先生

          (1)崩壊

           壊れる、という言葉の、本当の意味を知った瞬間があった。  指先の一つも動かせなくて、呼吸は浅くて、ただ一点を見つめて、横になった身体の鼻の付け根を、無意識の涙がだらだらと止めどなく流れていく。生きたいとはとても思えないけれど、死のうとも思えなかった。ただ、そこに在ることだけが事実として証明されていて、しかしそれは生きているとも死んでいるとも言えるものではなかった。  私は壊れてしまった。何時間も動けないでいる。スマートフォンは鳴らない。鳴らしてくれるような人はもう私には存在

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          (1)崩壊

          悲しくておめでとう(小説)

           まだ上手に一人で歩けなかったころ、膝をすりむいて泣いてしまったある日の夜、父は家族三人分のケーキを買って、 「きょうは、悲しくておめでとうの日だ」  と笑顔で言ったのだそうだ。  悲しいことがあったら、甘くておいしいケーキでお祝いしてあげる。私の目の前に置かれた、真っ赤ないちごのショートケーキ。いちごの天辺に、涙のような甘い透明なジェルが小さく一粒載っていて、それが宝石みたいにキラキラと輝いていたことだけは、今でも覚えている。  悲しくて、おめでとう。  幼稚園。初めてお

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          偽物の朱夏(小説)

           教室の隅で、ずれた眼鏡を直しながら一人きりで人間関係に重きを置くライトノベルを読んでいる。  そういう、孤独な学生時代を過ごした人にばかり好かれてしまう。答えは簡単だ。私が、彼らに人気の作家の、人気作のヒロインに、どこか似ているから。彼らは私の中にヒロインの面影をみて、現実世界にも彼女がいたのだ、とひどく馬鹿げた妄想をしてしまう。  大人しくて、でも堂々としていて、常に淡々としていて、ひどく暗い過去があって、年より少し幼く見える外見。派手さこそなくとも、よく見ればそれなり

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          偽物の朱夏(小説)